
父の一言、王文志の「出発点」―1988年 作品『自然の訴え』より
- 王 文志|國際藝術團隊

- 2025年4月7日
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「以前、ある友人が『お前の作品には怒りに満ちた金剛のような猛々しい感じがあったけど、今は慈悲深くて優しい、穏やかなものになった』と言ってました。若い頃は木こりを思わせるような作品だったけど、今では人が中に入って心地よく横になれる。本当に変わったと思います。」
⎯⎯ 『一本の竹の旅』Ep.1 王文志 より
王文志の「出発点」とは何だったのか?その原点は、王に芸術家の道を決意させ、何十年も支え続け、作品がすべての人々を受け入れ包み込む神聖な場所に変えた。
出発点 ― 1988年『自然の訴え』
王文志の最初の作品は、1988年の『自然の訴え』(Appeal of Nature)である。
当時、この作品は台北市立美術館で展示され、台湾の現代アートで「新展望優秀賞」を受賞した。ここから王文志の芸術家としての歩みが始まった。王はこう振り返る。
「台北で勉強していた頃、創作は自分の生活とつながらなければいけないと感じていました。かつて木の伐採をしていたことがあるので、木材や森林と人間の関係を表現したいと思ったんです。」
「それで、自然の訴えを木材と斧で制作してみたら結果的に反響を呼んで、新展望賞をいただきました。あのときの感覚というか創造は本当に面白かった。」この作品は、まるで二本の木が互いに傷つけ合い、同時に自らをも痛めつけているかのようだ。そして、木に突き刺さった大きな刀と斧は、人類が自然に与える影響も訴えかけている。

「思い返すと、本当にこの作品はインパクトがあったと思います。私が作品を美術館に運び込んだとき、多くの審査員の方々は『なんと、この若者は生きた木を美術館に持ってきたぞ』と言ってました。斬新的だったみたいで…でも、まさか賞を取れるとは思わず…とても印象深い出来事でした。しかも、その年の審査員の中には蒋勲先生もいらっしゃいました。」
この「出発点」は、順風満帆のように見える。天賦の才に恵まれ、デビュー作で頭角を現し受賞する機会を得たのだ。
しかし、この「出発点」には父親の深く力強い励ましがあったからで、だからこそ当時の若き王文志はひたむきに芸術の道を歩むことができたのである。
父はこう言った。
「何をするのも構わない。でも、決めたらしっかりやるんだぞ!」
幼い頃、王文志の父親は病弱で、母親が一生懸命働いて家計を支えていた。家庭は貧しく、父親の医療費も工面しなければならなかった。そこで、嘉義の山奥で育った王文志は、子供の頃、忘れ草を摘んだり木の伐採をする等、色々な仕事をして家計を助け、人手が必要となればすぐ駆けつけた。
農業を生業にするか工場で働くことが時代の流れだった当時は、同年代の若者も農業でなければ工場に従事し、ごくわずかな者だけが進学して教師や教官になることを目指した。
そんな時代に、小さい頃から芸術創作をしたいという王文志の考えは「異質」に映った。
さらに、厳しい家計の中で親孝行だった王は、心に失意と戸惑いを抱え、なかなか決心ができずにいた。
しかし、そんな王の気持ちを父親は敏感に察していた。父親は王を呼び寄せると真面目にこう話した。
「他人の言うことを気にするな。おまえが芸術家になりたいと思うなら、一生をかけて全力でやれ!決してあきらめるな!」

この話について、王文志の妻でありアートディレクターでもある蔡美文はこう語る。
「時として人生というものは、こんな風に覚悟を決めることで道が拓けるのかもしれないわね。」
「でも、王文志の人生が芸術の方向に向いたのは、お父さんのあの一言があったから。当時にこんな広い心と視野を持つことができるなんて、本当に容易なことではないし…お父さんの言葉がなければ、今の王文志はいなかったでしょう。」
その後、王文志の父親は、彼が26歳の時に病で他界した。そして1988年、王文志30歳。彼の初受賞作品『自然の訴え』を、父親は見ることはなかった。
しかし、父親の広い心と確固たる信念は、すでに王文志に受け継がれていた。

それ以来、父親の言葉は王文志の心の中で幾度となく響きわたり、彼の芸術の道を30年以上支え続けてきた。若い頃の「怒りに満ちた金剛」のような作品に始まり、地道に取り組み続けて、今では「慈悲深く優しい」自然の聖堂を築くようになった。
自然の優しい懐の中で、人々の心を癒し、世界に穏やかな優しさを届ける。
それは、まるでそれぞれの若者の心の中に燃える純粋な愛のように!
『自然の訴え』は、社会に出たばかりの青年の心境そのもので、世の中に対して愛を抱きながらも、現実を目の当たりに映した作品である。それは、怒り、悲しみ、戸惑い…どうすればいいのか分からない状況である。心の中には熱い想いがあるけど、どのように世の中に伝えたらいいのだろうか?
このような気持ちは、誰もが経験したことのある「現実」と「理想」の狭間だ。
『自然の訴え』は王文志の出発点だったが、その心境はすべての人の出発点でもある。走り出したばかりの若者は、世の中で愛と理想を追求しながら、無邪気で、無知で、時には無鉄砲なことをする…しかし、その情熱が彼らの背中を押し、それぞれの未知なる人生の旅へと駆り立てるのかもしれない。
年月が過ぎ、人生の洗礼と試練を受けても、誰もが熱い心と成熟した眼差しを持ち続け、世の中への愛を絶やすことがないことを願っている。





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